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2018年12月号(618号) 予想をふり切るサスペンス
2018-12-01
 
2018年12月号(618号)
 
予想をふり切るサスペンス
 
   ~新境地の映画づくり~
 
 
        学園長 吉野 恭治
 
 
 映画「サーチ」は2018年に公開されたアメリカ映画である。有名なスターは出ていない、作品としてはわずか1時間40分ほどのもので、公開前に話題となる要素などまったくなかった。その意味では例のド派手なハリウッド映画ではないことは確かだ。そうした意味で地味な映画は、ほとんど日本では東京の100名程度の収容人数の小劇場で公開となる。TOHOシネマズ系やムーヴィックス系、それにバルト9系など多くの系列館を持つルートで公開されないことが多い。ところがここに面白い傑作が年に何作か登場する。大劇場で公開されないだけに残念だが、配給上映する作品を決定する側にも、そうした映画の質を見抜く目のない場合が残念ながらあるといえる。映画「サーチ」はそうした意味で注目しておきたい要素を持っている。
 「サーチ」はその面白さにTOHOが目を付けたということである。東京の東宝系ではTOHOシネマズ日本橋・TOHOシネマズ日比谷・TOHOシネマズ新宿・TOHOシネマズ六本木などメイン劇場で上映されている。アメリカ国内でも公開館数が急激に増えているという。
 ところがこの山陰で上映する映画館は、今のところ一館もない。映画「サーチ」が見られないのである。「週刊朝日」の映画評で「なんと新鮮なこの発想!」と絶賛された映画を観る機会がないのは、なんとも惜しい気がする。
 映画「サーチ」は普通の映画ではない、画期的な制作意識で映画化された狙いは、この映画は全編パソコンのモニター画面だけであるということだ。モニター画面以外は、この映画には1秒もない。鮮やかにそうした画面だけで、観客の予想をひっくり返すようなストーリーが展開する。その面白さと奇抜なアイディアに仰天する。    
 主役である父親のデビッド・キムはシングルファーザーである。一人娘の高校生マーゴットと親子2人の家庭だ。マーゴットの母のパムは3年前に死亡している。そのがんの闘病の記録や、キム家のさまざまの行事の記録が、キム一家のPCに、いまもパムのファイルとして残されている。ナレーションを一切使わず、モンタージュでキム一家の歴史を見せる。観客は映画の最初の部分で、デビッドとマーゴットが互いにかけがえのない大切な存在であることを知ってしまう。導入から展開へ気持ちがいい。
 ある日、ごみを捨てずに学校へ行ってしまったマーゴットに、デビッドはFaceTimeで連絡する。そんな父に対しマーゴットは「今日は友人の家で勉強会。徹夜になるかも」とテキストメッセージを返す。その夜マーゴットから着信があったが、熟睡していたデビットは気づかず、朝まで帰ってこなかったマーゴットにあわてて連絡を取ろうとあらゆる方法を試みる。父親は娘のメールやSNSを調べる。FacebookやTwitterも念入りに調べる。結果デビッドが知らないマーゴットの生活、交友関係がわかる。ピアノのレッスンはもう半年も前にやめていた。毎週渡していたレッスン料はどうしたのか。2500ドルにも及ぶ。デビッドは改めてマーゴットの友人をほとんど知らなかったことに気づく。ただ中学時代の友人アイザックの母に連絡が取れ、「マーゴットはみんなでキャンプに行っている」と聞く。アイザックに連絡を取ると「マーゴットは来なかった」という。忽然と姿を消したわが娘、すでに37時間が過ぎようとしていた。ついにデビッドは「娘が行方不明になった」と警察に届け出て、捜査が始まる。家出なのか、誘拐なのか、デビッドはマーゴットのPCにログインして、SNSにアクセスを試みる。しかしそこに映し出される娘の姿は、父親が知っている日ごろの活発で明るいものではなかった。
 マーゴットは学校では孤独だった。さらにマーゴットの預金口座から1週間前に2500ドルもの大金が誰かに送金されていた。
 「娘はどこへ行ったのか」父デビッドの懸命な調査と不眠の努力、そして事件の担当者となったヴィック捜査官との打ち合わせ、協力調査が始まる。ヴィック捜査官は女性だったが、熱心で気力にあふれていた。マーゴットと同世代の一人息子もいて、とくにその対応が見事だったし、親としての判断能力にも優れていた。
 街なかの防犯カメラの映像から、マーゴットが車を運転して街の外へ向かうのを確認する。ここに至ってヴィック捜査官は、「マーゴットは家出ではないのか、自分の意志でどこかへ向かったのではないか」と思うようになっている。そのことをデビッドへ伝えるが、デビッドは娘がこの家を出てゆくなどとは到底考えられなかった。この映画のストーリーを最後まで書き綴ることは容易である。しかしそれではいつの日かこの日本のどこかで観るチャンスに遭遇された場合、山陰で遅れながらも上映されることになった場合、あるいはDVDが発売された場合などなどで、ストーリーのすべてを知ってしまうことは「ネタバレ」といい、読むことはいい行為とは決して言い難い。もちろん私もここにすべてのストーリーを記載したりはしない。ただ言えることは誰もの想像を超える鮮やかな結末になっている。しかも理路整然と。
 さて「サーチ」という映画、改めてその着想の独創性を考えてほしい。娘が日常的に利用していたFacebookやTwitter、それにTumblr,さらにはYouTubeの動画、防犯カメラなどが使われ、映画はパソコンの画面から一度も離れない。100分ほどはただモニターを見るという鑑賞方法である。これがまたとてつもなく面白い。
 担当捜査官と父親デビッドのやりとりは、電話のカメラ機能が使われる。被疑者が出てくるわけではない。それはただふたりのやり取りに過ぎないが、手に取るように話題の中心の人物の行動がわかる。これはもはや絶妙の映像マジックといえるのかもしれない。
 マーゴットは果たして生きているのか、彼女の運転していた車はどこへ消えた?2500ドルは誰に送金された?そうした多くの謎をじっくり考えている間がない。次々と事件が進展し、そのたびに観客は右往左往する。ただ間違いのないことは、この映画のいたるところにそれらの解決の糸口がばらまかれているということである。ある評論家がこの映画についての所感で「この映画を観る時は、スクリーンの隅々までも目を凝らして捜索することだ。それをサーチという」と述べている。デビッドより先に事件の真相にたどりつけるかもしれない。
 監督はアニーシュ・チャガンティ。製作はティムール・ベクマンベトフ。脚本はセブ・オハニオン。3人の新鮮な映画への情熱が、楽しい、面白い、斬新な映画を作り上げた。
 この映画を評して「予想の斜め上を行くサスペンス」といった人がいる。「斜め上」がいい得て妙である。
 
 
※この文章は映画鑑賞後(11月になってすぐ)に書き、印刷へまわったものです。その後、出雲のTジョイにて11月23日より上映されました。
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