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2018年10月号(616号) 女医をあきらめない
2018-10-01
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2018年10月号(616号)
 
女医をあきらめない
 
        学園長 吉野 恭治
 
  
 ニューヨークのマンハッタンにあるニューヨーク大学は世界的にもランクの高い私立大学である。ニューヨーク大学が私立であることを知らない人も多かろう。今年8月、この大学から発表された新方針は世界中を瞠目させた。この大学の医学部に現在在学するもの、今後入学するものの学費を全て無料にするというのである。成績や収入に関係なく一律に実施される。学費には授業料、寮費、食費のすべてが含まれる。言ってみれば個人的な負担は0となる。現在年間学費はおよそ5万ドル(約550万円)であり、この制度を持続するには10年間で660億円、大学側はすでに10年前からこの取り組みをはじめて、今までに500億円の寄付を集めた。今後の10年間の見通しが立ったというので、実行に踏み切ったのである。アメリカの若い医師は平均2200万円の借金を背負っているという。これはほとんどが医学部在学中の学費である。この負担に耐え切れず医学部の進学をあきらめる学生が多くなっている。ニューヨーク大学は将来の医学界の才能を基本的に失いつつあると考え、この世界中が驚いた新制度を実行に移したのである。
 
 日本の医科大学が注目を集めているのは次元が違う。男子の学生の入試の得点を「男子に有利に加点する」という江戸時代のような事件で、世界中のマスコミから叩かれている。つまり得点修正をやらないと女子学生が平均的に優秀であるために、女子の比率が大きくなりすぎるというのである。いまどきこのような理由で女性差別を行う大学は世界に類例がない。
 
 具体的に今年東京医大が行った入学生に対する処理は異常である。東京医科大学では2次試験の小論文の配点は100点満点である。得点に0.8を掛けて80点満点とした。その上で現役と1浪・2浪の男子は20点加点、3浪の男子には10点加点、女子と4浪以上の男子には加点しなかった。今年東京医科大学の女子の出願比率は約40%、そのうち女子の合格比率は15.9%。当然だが男子は84.1%にもなる。医学部を志望する学生の男女の成績差はほとんどないという。にもかかわらず合格者の結果にこれだけの男女差が出る。異様と言わねばなるまい。
 
 ずいぶん前の出来事だが、青山学院大学の語学系の学部で女子学生が急増したことがある。この現象は上智大学でも見られた。語学系の入試では女性の成績が優秀であったということだ。「このままでは女子大になる」と危惧された時代がある。入試で同点のものは男性が有利になる措置が取られていたと思う。これも差別だと思うがこの場合は同点の場合の判断である。
 
 東京医科大学の合格者に占める男子の割合は女子の5.28倍にもなる。聖マリアンナ医科大では3.32倍、日本大学では3.73倍、女性は受験難民である。聖マリアンナ医科大学では2浪以上の男子の合格者数は17年は47名、18年は37名。ところが女子の2浪以上の合格者は14名から23名いたが、18年度はゼロになった。事態は深刻である。
 
 大学が女性受験者を敬遠するのは、男子の卒業生の多くが大学やグループの病院で働く。しかし女子の卒業生の多くは、結婚で一線を退いたり、出産で退職したりする。その大学にとって力になりにくいという。
 
 しかし私の記憶をたどると、何名もの女子受験生が若葉から医師となった。なかには「情熱大陸」の番組で全国紹介された若葉卒業生の女医もいる。確かに過労な仕事に疲弊して職場を去るものもいるかもしれない。しかし女子の合格比率が男子を越えている大学も多い。郷土の島根大学はそうした比率では全国一である。金沢医科大学、東邦大、福井大、自治医科大学と続く。女医になろうと思うもの、志を強く持ってほしい。
 
 田原総一朗さんが「週刊朝日」でこんな内容を述べている。日本の上場企業で女性役員の割合はわずか3.7%、女性の衆議院議員は10.1%と極めて低い。女性議員の%は世界160位前後で推移している。先進国で最低水準なのであるという。医師だけではないという。
 
 このたびの東京医科大学の加点操作の問題で、現職医師に意見を聞いたという資料がある。それによると得点操作については「理解できる」「ある程度理解できる」と答えた医師が65%にものぼった。「東京医科大学のやったことは必要悪として気持ちもわかる」という意見があった。医学部准教授が「一次試験の得点だけで選んだら女子ばかりになってしまう。女子が希望しない外科系の医師はこれでは確保できない」。そうしたこの世界の常識を打ち砕く、心優しく、意志の固い女性の登場が待たれているのは当然である。安倍さん、女性の働きやすい環境をつくることが、「働き方改革」の最初ではないですか。
 
 
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