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2018年6月号(612号) はじまる、私学難化時代
2018-05-31
2018年6月号(612号)
 

はじまる、私学難化時代
~東京へ行きたい世代の問題~
 
        学園長 吉野 恭治

 
 5月病というのがある。(ごがつびょう)と読む。新年度の4月を迎えて、やる気満々の社会人1年生や大学1年生がかかる「適応障害」という症状である。ゴールデンウイークあけ頃からそんな症状が出るので、5月病と呼ばれた。抑うつ、無気力、不安感、焦りなどが特徴的な症状である。眠れない、疲労感が強い、食欲不振になる、やる気が出ない、人との関わりが億劫などという症状が出る。故郷を離れてはじめての一人暮らしの大学1年生がかかりやすい。ホームシックから症状が出るともいわれる。
 
 しかし東京・大阪・京都などの大都会の大学に進学したものには、最近5月病という症状が極めて少ない。彼らは大学を選ぶとき「東京に住みたい、暮らしたい」という発想から大学を選択する。国公立の枠は厳しいからランクによりいくらかの開きのある私大が狙われる。そして合格すれば大都会での憧れの暮らしが待っている。5月病などの罹ることなどない。観たいもの、着たいもの、行きたいところ、遊びたい場所、すべてかなえられる大都会。今や若者は大都会を向いて育つ。鳥取県商工労働部の雇用人材局の方の訪問を受けた。私が県の私立学校協会の会長であるからだが、「地元に残って働く有能な人材の育成はどうすべきか」という難しい課題は、今の大都会志向の風潮の中では解決の術が見当たらない。
 大都会志向のもう一つの現象がある。最近東京の中心地に次々と誕生する「3畳ワンルーム」のアパート群だ。新築が完成するとたちどころに満室になるという。トイレ、シャワールーム、小さなキッチン、洗濯機置き場の他は3畳しか広さがない。洗濯物の干し場もないから部屋干しである。食事をしようとすると洗濯物の間を潜り抜ける技が要る。大人4人がいると、空気までが不足するような密度になる。それでも若者は東京を目指す。家賃は6万円台である。親が上京してきても寝る広さがない。「それがいい」という学生もいる。
 
 都市型私大が入学難になっている理由はもう一つある。文部科学省の厳しい「定員厳守」の通達である。17年度の私大の志願者数は前年の8%増、18年度はさらに7%増となった。近畿大学などは15万人を超え、明治、法政なども12万人を超した。私大の内容充実化をはかるべく、私大助成金をカットする方法で文科省は政策をすすめている。18年度は定員の110%までの在籍しか認めない。10%を超えると助成金は全額カットされる。カットされれば経営は成り立たない。100名定員の大学は110名までの入学者ならいい。しかし111名以上だと全額カット。何十億円もの収入減となる。
 左の表を見て欲しい。いかにこの2年で志願者数の増加がみられるかがわかる。地方の私大では在籍率3割という倒産寸前の大学も多い。半面大都市圏の大学は調べてみてもほとんどが「難化」している。
 
 大学側の調整で合格者数も大幅に削減され、それが難化の大きな理由にもなっている。昨年と比して法政3600人、東洋3170人、立命館3140人など合格者数の減り方が大きい。私学の雄早稲田も、2年連続で2000人を減らした。2年間で4000人である。
 
 こうした中で国公立大を狙う学生は、すべり止めにMARCHと言われる大学群を併願することが多かった。いわゆる明治・青山・立教・中央・法政の各大学が対象となった。しかし今年は「すべり止め」を受けた学生が「すべる」という現象を起こした。すべり止めがすべり止めにならないというわけである。
 
 「東京で暮らす」ことを願う学生たちは、これからも併願する大学を増やし、偏差値のランクを下げてでも大都市圏を狙うだろう。そのことは20年代半ばまで私大の難化が続くことを意味している。
 
 文科省が採った対策はいかにも付け焼刃だった。「東京23区の私大定員抑制法案」である。これは東京23区内の大学新設や定員増を今後10年間は認めないという規制措置である。新規の学部・学科の新設も定員内でしか認めない。要するに東京集中を押さえることが目的である。このことが私大の難化に影響しているはずだ。
 
 東京の街で最近行き交う若者たちの目が輝いているように思えてならない。潤んだけだるい目には出会わない。大都会に暮らす楽しさを噛みしめているように思える。「鳥取の空気は美味しい」「島根の自然はすばらいい」などと言っても、それは退職世代に理解されるもので、若者にはまったく通用しない。
 
 国家公務員の出先機関が各都道府県にはある。ここで働く人の何%かはその地の大学の卒業生から採用するという枠でも設けなくてはもはや地方に若者は残らない。
 
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