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2017年11月号(605号) ヴァイオリン・三浦文彰
2017-11-02
オススメ
2017年11月号(605号)
 
ヴァイオリン・三浦文彰
~若き次代の才能が芽生えるこの頃~
 
理事長 吉野恭治
 
 
 ストラディヴァリウスという名をご存じだろうか。音楽を愛する世界中の人々から羨望を浴びるヴァイオリンの名器である。ストラディヴァリウスは人の名前から来ている。アントニー・ストラディヴァリというヴァイオリンの制作者がその名の由来である。ストラディヴァリはイタリア人で、1644年~1737年の存命で、当時としては異例の長寿である。彼が生涯に作成したヴァイオリンは2000丁くらいだろうと言われているが、他のヴァイオリンでは出せない音色が、300年の歳月を超えて微動だにしない評価を持ち続けている。現在世界中に600丁が残されていると確認されている。ストラディヴァリウスのなかでも彼が60歳から70歳の頃に作成したものが最も素晴らしいとされている。評価が高いと言っても、その価値を金額で示さねばわからないだろうが、日本音楽財団がストラディヴァリウスをロンドンでオークションに出した。その落札価格は歴史上の最高額で12億7千万円だった。もちろんヴァイオリン1丁の値段である。このストラディヴァリウスは詩人バイロンの孫娘が所有していた時期があり、「レディ・ブラント」と呼ばれる名器である。日本音楽財団はなぜ貴重なストラディヴァリウスを売ってしまったのか、それは東日本大震災で大きな被害を受けた、ことに若き芸術家の支援に使われた。日本音楽財団はそれでもなおストラディヴァリウスを15丁も所有しており、所有楽器の資産価値は94億円にのぼると評価されている。そしてこれらのストラディヴァリウスは世界中のヴァイオリンの名手や期待の新人に貸与されている。才能を持ちながらストラディヴァリウスを所有できる演奏家はほとんどいない。ストラディヴァリウスを所有する財団や団体が長期にわたって貸与する制度が定着してきている。日本音楽財団の他に「宗次コレクション」と言われるNPO法人がある。ここにもストラディヴァリウス8丁を含むヴァイオリンの名器が30丁ある。このコレクションからのストラディヴァリウス貸与者のリストに、三浦文彰の名前がある。2017年1月から貸与されている。
 三浦文彰、現在24歳。希有の才能に恵まれ、努力と練習を重ねる若きヴァイオリニストである。先日偶然に見たTBS系「情熱大陸」でそのまだ短い人生が紹介され、生活信条や音楽への姿勢も紹介された。ストラディヴァリウスの話しにも興味を持った折だったので、三浦文彰への強い関心があった。
 三浦文彰は1993年生まれ、父章宏、母道子共にヴァイオリニストで本人は3歳からヴァイオリンを始めた。10歳の頃には音楽家となることを決めていたともいう。14歳の時、両親の離婚という環境が一変する出来事があり、それからわずか2年後、16歳の若さで、世界最難関と言われるドイツのハノーファーヴァイオリン国際コンクールで史上最年少優勝を果たした。一躍世界一となり、注目の的となった。若くしてハンブルク北ドイツ放送交響楽団、ミルウォーキー交響楽団、プラハ・フィルなど世界の名だたるオーケストラや音楽家たちと数多く共演し、さらにNHK大河ドラマ「真田丸」のオープニングテーマ曲の演奏などでも注目された。
 当初三浦文彰は父章宏との共演を拒んだ。父が極めて勝手な人に見えたのだろう。しかし東京フィルハーモニーでコンサートマスターを務める父に、それだけの尊敬も持ち、音楽家としての憧憬も持った。そしてともに仕事をするときは笑顔であいさつを交わし、真剣に打ち合わせるまでになった。三浦文彰は大きな成長を遂げている。普段着のラフな服装の彼が、ひとたびストラディヴァリウスをもち1小節でも演奏しようものなら、周囲の空気が振動するように変わる。すごいと思う。しばらくはオーストリアに住んでいたが、そこでさらに腕を磨いた。近年は日本での活動を中心としている。
 もうひとりかなり知名度の高いピアニストがいる。辻井伸行、彼はまだ30歳前の若いピアニストであるが、生来全盲である。それでいながら日本で多くの賞を受け、世界中の多くのオーケストラと共演を果たし、絶賛された。新進気鋭のピアニストである。
 平成21年には、アメリカで開催されたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した。日本人として初の優勝でもあった。彼はその音楽活動を日本で展開しているが、多くの人々を魅了するコンサートのチケットはほとんど完売で、ネットでは「売り切れたチケットを紹介する」サイトもある。
 ある父親がわが子にイチローのプレイを見せたくて試合のチケットを手に入れた。当時オリックスだった。そのチケットがたまたま平日で学校を休まねばならない。父親は悩んだが、この話が週刊誌上で紹介されると、教育評論家のひとりが「学校を1日休むくらい何のこともない。これも立派な学習だ。今のイチローは今しか見られない」と述べていた。
 最近若くして驚異的な成績を収めるアスリートたちがいる。みな10代である。卓球の平野美宇、世界ランキング5位。池江璃花子、16種目の日本記録を持つ女子水泳のホープである。フィギュアスケートの期待の星、本田真凛も高校生である。男子の卓球ではシングルス世界ジュニア選手権優勝の張本智和、「ハリバウアー」と「チョレィ」で人気者になった。まだ14歳。変わったところではボルダリングの伊藤ふたば。14歳と9カ月でジャパンカップの優勝を果たした。野球の清宮幸太郎、今年の野球界の話題を独占している。それに何と言っても将棋の藤井聡太もいる。こうした人たちの生涯の頂点と思える時期にぜひそのプレイを見たいと思う。若い世代が大きく育つことに大きな喜びと次世代の到来を強く感じている。今なら羽生結弦のフィギュアも観ておきたいし、桐生祥秀の9秒台の走りにも出会いたい。世界指折りの評価を得るには血のにじむ努力がいるだろう。しかしテレビのインタビューでは満面笑顔のものばかりで、裏に潜む厳しい歳月がにじまない。一瞬の成果に何年もかける、しかも貴重な青春の一時期の全てを注ぎ込む。すごいと思う。
 さてストラディヴァリウスと三浦文彰の音色と演奏を同時に楽しめる機会があればと思っていたら、なんとそれに辻井伸行がピアノで参加するコンサートがある。このまれな機会は来年5月にやって来る。なんとかこのチケットを手に入れて東京へ出かけたいと思っている。発売日の電話が簡単にはつながらないだろう。でもこうした機会を捉まえないと、地方に住むものは生涯、演奏もプレイも目にできない。寂しいことである。
 桐生祥秀が9秒台で疾走した時に、コーチの出雲市出身の土江寛裕がボロボロ、スタンドで泣いた。こうした人たちの誠意と真剣があって若者たちは伸びる。そう思えば三浦文彰のヴァイオリンの音色も一段と深みを増してゆくのではないか。
 
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