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2017年9月号(603号) 人工頭脳が社会を仕切る
2017-11-02

2017年9月号(603号)
 
人工頭脳が社会を仕切る。

 

  理事長 吉野恭治
 

  「アイ、ロボット」という映画があった。アメリカのシカゴが舞台である。日常生活に便利でロボットをそばから離せない2035年のシカゴ市民。ロボットを派遣する会社も大繁盛をしている。「ロボットは人間を絶対に襲わない」と信じられていたのに、ある日突然市民を襲い始める。ウイル・スミスの主演映画だ。集団となったロボットたちの不気味さ、表情のない顔の異様な緊迫感に驚いたものである。2004年のアメリカ映画だ。そうした近未来の社会の予想はある程度現実となりつつある。ある意味でついにここまでという想いにさせるAIとは人工知能のことである。artificial  intelligenceの略称で、人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現させようという試み、或いはそのための基礎技術を指す。AIは今や世界がもっとも注目する言葉だ。NHKで少しばかり前、「天使か悪魔か人工頭脳」というドキュメンタリー番組があったが、非常に面白かった。電王戦という対局が収録されていた。2戦の対局であった。第1戦は日光東照宮、第2戦は姫路城である。29歳の棋界のホープ佐藤天彦名人が、紋付の羽織に和服の正装で登場したが、相手は白いアームが機械的なロボットが努めた。この人工頭脳ロボットの名はポナンザ。そして2戦ともポナンザの勝利だった。羽織の佐藤名人とロボットのポナンザの対局の姿はなんとも異様だったが。佐藤名人の対局後の感想「叩きのめされた」というのがなんともすごかった。佐藤名人は「参りました」と一礼して敗北を認めたが、ポナンザの方は表情はない。勝っても喜ばず、ただの無機質な感じの物体がそこにいるだけである。奇妙に思えた。今までに感じたことのないような感慨を覚えた。三冠をとった羽生善治さんがその対局を見て、「人間の知性を超えている」と評したのが忘れられない。
 ポナンザは5万局の対局を読み込んで、機械学習を進めたという。ポナンザ同士の対局はすでに700万局の対局を済ませたという。人間がもし同じ対局の実習をしようと思えば毎日10局指し、およそ2000年かかる。ポナンザはそれを1年ほどで終えたという。羽生さんは言う「人間にはわからないような指し方だ。未知の戦法にたどり着いているように思える」。佐藤名人がポナンザの最初の一手に声を上げるほどの意外な指し方が、十手ばかりすすむとそのポナンザの狙いが見えてくるという。どうしてそんな指し方をするのかという過程は一切わからない。人工頭脳はそこに自分の出した結論を示すだけである。将棋ロボットのポナンザを開発したのは山本一成さん、若干31歳である。世界の名のあるほとんどのAIプログラマーは30代である。その山本さんが電王戦のポナンザの勝利の感想を問われて、「怖い気がする」と答えたのが衝撃的だった。開発者でさえ及びもつかない世界に行き着いたポナンザの思考の深さに人々は驚嘆するが、設計者は恐怖を覚える。そのことが私には印象深かった。いつの日か人類がAIから攻められる日が来るかもしれないという現実感である。
 佐藤名人はロボットの指す将棋の駒の動かし方に驚嘆して、「私たちは将棋という宇宙にはいるが、ひとつの銀河系にしか住んでいない。他にも多くの惑星があることを教えられた」と語っている。
 NHKのこの番組ではAIIの実用化に動く世界の実例をいくつか紹介している。ご覧になっていない方のためにその内容をお伝えしたい。
 AIを利用したタクシー会社が名古屋にある。このシステムはドコモが開発した。ドコモは多くの携帯電話の顧客を持っている。それらの人の行動分布を集計して、いま名古屋のどの地域にどれくらいの人がいるかをデータとする。これに運転手900人分の名古屋での乗降分布をデータとして入力する。人工頭脳は自分で学習する。そして各車両に現在の地域別の利用客の期待値を数字で伝える。瞬間ごとの情報である。その指示で期待の高い地域を流すと、たしかに利用客に遭遇できるチャンスが高く、平均10%以上の乗車率(実車率)UPになっているという。「リアルタイムの自動移動予測」とよばれ、実用化されている。
 カルフォルニア州のサンディゴの群刑務所では、犯罪者の多さに収容すべき刑務所の余裕がなく困っている。そこで罪を犯した被告たちのデータを人工頭脳に打ち込む。すると人工頭脳が瞬時にその被告の再犯率の予測を知らせる。たとえば「この人は覚せい剤関係の不法接種が今後予測される」とか「きちんとした性格で再犯率は低い」とかの内容を伝える。それに基づいて刑期も判断される。この人工頭脳には何千例かの裁判凡例の具体的なデータが打ち込まれ、人工頭脳に学習させる。さらに日々に逮捕者のある限りデータは増え続けて、人工頭脳はますます判断の成果を高くしていく。現在人工頭脳の回答は3秒しかかからない。世界各国の刑法、憲法、政治的な実情もすべて読み込ませてある。すでに人間もコンピュータに管理される時代になっている。
 野村證券も人工頭脳の積極的な利用を進めている。東証株式500銘柄の1年間の株価の変動が全て呼び込まれている。これに世界中のニュースや経済動向、政治的情報も読み込まれている。1000分の1秒の時間で株価の動向を判断する。5分後の的確な株価を予測して伝える。
 昔となったが、株取引はトレーダーと呼ばれる人たちの独壇場であった。トレーダーとは投資家とディーラーの間に立ち、絶えず株価の動向を予測して、株取引を誘導する花形的存在だった。今はその予測も売買も瞬時に人工知能がやってのける。トレーダーは画面で取引を見ているだけになっている。取引処理や情報はもはやモニター画面で目では追えない速さになっている。
 最近中国で話題となった人工知能の話がある。テンセントというIT大手の提供する対話プログラムに、利用者が「共産党万歳」と打ち込んだところ、AIが「こんなに腐敗して無能な政治に万歳なんかできるか」と答えたという。またこのようなやり取りも起こった。「あなたにとって習近平国家主席が掲げる『中国の夢』とはなに?」という問いかけに、テンセント社の人口頭脳はこう答えた。「アメリカに移住すること」。こんなやり取りがあの国で許されるわけはない。共産党の批判を展開したこのチャットは直ちにサービスを停止された。テンセント社もこのような対話が現れるとは思わなかったろう。場合によれば逮捕ものだ。人工頭脳が学習した結果である。学習するとこうした結論に至るのかとある種の笑いもこみ上げる。人工頭脳は何物にも遠慮はしない。そしてその結論に至った過程もいっさい語らない。すでに世界はAIに席巻されようとしているのではないか。
 シンガポールでは運転者のデータを入れると、人工頭脳が危険な運転者を判断して伝えるという。危険運転者として呼び出された運転手は、運転技術や法令の講習を受けることになる。赤道の国の人々の生活にもAIはしっかり根付いている。彼らがいつか牙をむく日が来れば、それはそのまま映画になってしまう。エラい時代が来ている。

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