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新! 学校報「泉」 アーカイブ

若葉学習会学校報「泉」 第658号 (2022年4月号) 左か右か 理事長 吉野 正泰

今月の短歌


春の夜 みんな集まれ 桜の木
別れの季節 出会いの季節


米子校舎 小学6年 藤谷 海利



君たち僕たち① 
倉吉校舎 中学2年
宇山 実桜さん


  コロナ禍だからでしょうか、実桜さんの素顔を見たのは入学から二年が過ぎようとしている今が初めてでした。よく考えてみると、そのような生徒は他にもたくさんいるのだなぁと。
 今回紹介する実桜さんは、小学生の頃から通学しています。校舎に備え付けのアルコールで消毒をしてからいつも入室する几帳面さ。帰る際には「ありがとうございました!」といつも言ってくれる礼儀正しさ。そして何といっても素晴らしいのは英語の能力の高さ。先月の月例テストは満点でした。
 若葉に入って良かったことは英語が好きになったことと笑顔で答える彼女。そんな彼女は勉強だけでなく、部活も頑張っています。陸上部に所属していて、八〇〇m走で県内二位。文武両道ですよね。何事にも努力を惜しまないことが、今の彼女の強みなのだと感じます。
 これから実桜さんはどのような大人へ成長するのかとても楽しみです。礼儀を重んじながら努力する彼女を今後も応援していきますね。
(担当 濱)

君たち 僕たち② 
米子校舎 中学3年
川上 宰さん


  彼はいわゆる天才型。全教科できますが、その中でも数学は一番の得意科目。昨年、お母様から「息子が家でゲームばかりしてどうしたらいいでしょうか。」と相談を受けました。そんな相談をよそに、実力テストの数学では、あっさり二連続五十点満点を取ってしまうのですから驚きです。しかも、テスト中に時間が余って暇そうにしているからもっとすごい。思わずお母様には「うらやましいです。ゲームしてもいいと思いますよ。」と伝えてしまいました。学校の定期テストの勉強も、いつも教科書をただ眺めているだけ(笑)不安を感じる私の心配をよそに、四百八十点近く取ってしまうのですから、もう不思議な感覚です。
 彼のお兄さんは昨年、米子東高校に進学し、今現在も若葉に通学してくれています。お兄さんとはとても仲がよく、しかも二人とも目力があるイケメン。これで歌もうまいとかだったら本気で嫉妬しちゃいます(笑)
 将来の夢は医師。宰くんが、白衣を着て活躍する姿が、今でも容易に想像できます。
(担当 角)


卒業生はいま 

愛媛大学教育学部

  鷲見  明歌さん 

  今回紹介するのは、大学受験科出身で、春から大学2年生の鷲見明歌さんです。大学生活が1年過ぎたとはいえ、不慣れな事もまだ多く大変なようですが、勉強だけでなく、ラクロス部のマネージャー活動、焼き肉店でのアルバイト等にも精を出し、忙しくも充実した日々を送っています。
 彼女は、「明歌」の名前の通り、とても歌が上手です。高校のときから歌のレッスンを受けており、大学の二次試験では、ピアノと歌の実技試験をクリアして見事合格を勝ち取っています。今でも帰省したときには、歌の先生のところにレッスンを受けにいくそうです。今後は、学校の音楽の先生、さらには、吹奏楽部の顧問になることを目指していきます。
 コロナの影響で大学では、生の講義を行う事が難しく、ズーム等で行われる映像授業が中心になっています。そのような中でも、「器楽基礎」等の音楽の授業は、非常に有意義なものだそうです。また、愛媛大学は、前期後期のセメスター制(2学期制)ではなく、クォーター制(4学期制)を導入しています。テストの回数が増えるので、大変ですが、今のところ、音楽以外の授業も楽しんで学べているとのことです。高校時代、学ばなかった物理等も視野を広げるために勉強しています。
 先日、大学受験科の生徒が愛媛大学に合格しました。話を聞くと、なんと鷲見さんの高校時代の部活の後輩でした。先輩としていろいろ教えてあげて下さい。頼りにしていますよ。
(担当 板見)


学園ニュース(米子校舎)

こんにちは! 今年も新しい生徒を迎える春になりました。

 春らしくなってきましたね。三月はまさに、出会いと別れの季節です。
 右の写真は県立入試前日の中学三年生。みなさんが持っているのはハンカチです。このハンカチに、試験当日集中力が増すと言われるアロマスプレーをかけ、実力発揮をサポートします。これは一〇年以上続く倉吉校舎伝統行事です。そして達成感に満ち溢れた、笑顔のお別れとなります。
 入試後は、新しく生徒を迎える「体験入学」が開催されました。左の写真は体験入学に参加した新中学一年生。算数ではなく、数学の体験授業風景です。みなさん、初めての若葉で、緊張した面持ち。通学して一か月もすると、みなさんの笑顔が教室を包むこととなるでしょう。新しい出会いとともに新年度がスタートします。
(担当 濱)


職員随想 




左か右か
  理事長 吉野 正泰




 小学生以来のアトピー性皮膚炎の再発に悩まされてから、寛解した後も風呂上がりには全身に化粧水を塗る。顔に塗るのは少し高価なもの、体に塗るのは500㎖で数百円のものと使い分けている。このルーティンにいつも思うことがある。「どこまでが顔だ?」という問いだ。顔から化粧水を塗るのだが、下顎のあたりで手を戻しながら、ぎりぎり顔に入ってない「首」に所属させられた細胞たちから「すぐ隣の細胞が高価なものを塗ってもらっているのに、俺たちは安物かよ」と不満を言われているような気がするのだ。首までは顔用を塗ったほうがいいというアドバイスも受けるが、その場合は「どこまでが首?」となり,今度は「肩」に分類されることになった細胞たちが不満分子となるだけだ。
 人生は二択の連続だ。(ラーメン・カレー)という平日の昼食の選択から、今すぐ結婚(する・しない)という人生を左右するかもしれないものまで、意識の差こそあれ選択を続けて生きている。その後の人生に影響したであろう僕の最初の大きな二択は(文学部・法学部)だった。第一志望大の二つの学部に合格したとき、英語の勉強を続けたいというだけの理由で、周囲のアドバイスも聞かず、僕は文学部を選んだ。
 4年生になり就職活動が始まった。形骸化していた会社訪問解禁日の随分前に、志望する会社に電話をして「リクルーター」と呼ばれる大学のOBに会い、その後面接へと進んで早々の内定をもらう、というのが僕の通っていた大学での当時の一般的な就活だった。
 6月のある日、僕は友人と二人で自分の下宿にいた。部屋の固定電話から友人がある有名商社に電話をした。「○日△曜日□時に~」友人はそんなメモを取りながら電話なのに何度もお辞儀をしていた。その直後、同じ会社に電話をした僕は「8月20日の解禁日をお待ちください」と言われて受話器を置いた。「8月20日の…」そう言われたとき、僕は「えっ?」という声を発していたかもしれない。数秒固まった後、僕は三年前の選択の浅薄さを痛感した。
 先方に告げた情報は【①大学②学部③学年④氏名】である。僕の声が電話で聞いただけで実力不足だとわかるほど奇妙だったという自覚はない。友人と違うのは②と④だが、④の違いで落とされるほどのキラキラネームでもない。先方の対応が違う理由は②しかない。友人は法学部だった。
 それから何度か大きな二択を経験した。正解だったと思うものもあるし、失敗だったとしか思えないものもある。卒業して数年で米子へ戻り、今の仕事に就くことになった。学部の選択が違えば、今ここにいない可能性は高いのかもしれない。
 一方で、二択の差なんて「顔」と「首」との違いくらいしかない、とも思う。その先の道はくっきりと2つに分かれてなんかおらず、境界線はくねくねと曲がっているのかもしれない。実際は境界すらないのかもしれない。デパートの正面入口と東側入口のように、入ってみたら同じ場所なのかもしれない。僕は法学部に進み、現実とは違った会社に就職していても、米子に戻り今の仕事をしていたのかもしれない。
 人生は神が決めるものだとも自分で切り開くものだとも思っていないが(というよりよくわからないのだが)、タイミングという要素が大きいことだけは今では確信を持っている。最近は、歳を重ねていい加減になったのか、人生における二択はどちらを選んでも正解ではないかと考えている。


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