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2018年6月号(612号) はじまる、私学難化時代
2018-05-31
2018年6月号(612号)
 

はじまる、私学難化時代
~東京へ行きたい世代の問題~
 
        学園長 吉野 恭治

 
 5月病というのがある。(ごがつびょう)と読む。新年度の4月を迎えて、やる気満々の社会人1年生や大学1年生がかかる「適応障害」という症状である。ゴールデンウイークあけ頃からそんな症状が出るので、5月病と呼ばれた。抑うつ、無気力、不安感、焦りなどが特徴的な症状である。眠れない、疲労感が強い、食欲不振になる、やる気が出ない、人との関わりが億劫などという症状が出る。故郷を離れてはじめての一人暮らしの大学1年生がかかりやすい。ホームシックから症状が出るともいわれる。
 
 しかし東京・大阪・京都などの大都会の大学に進学したものには、最近5月病という症状が極めて少ない。彼らは大学を選ぶとき「東京に住みたい、暮らしたい」という発想から大学を選択する。国公立の枠は厳しいからランクによりいくらかの開きのある私大が狙われる。そして合格すれば大都会での憧れの暮らしが待っている。5月病などの罹ることなどない。観たいもの、着たいもの、行きたいところ、遊びたい場所、すべてかなえられる大都会。今や若者は大都会を向いて育つ。鳥取県商工労働部の雇用人材局の方の訪問を受けた。私が県の私立学校協会の会長であるからだが、「地元に残って働く有能な人材の育成はどうすべきか」という難しい課題は、今の大都会志向の風潮の中では解決の術が見当たらない。
 大都会志向のもう一つの現象がある。最近東京の中心地に次々と誕生する「3畳ワンルーム」のアパート群だ。新築が完成するとたちどころに満室になるという。トイレ、シャワールーム、小さなキッチン、洗濯機置き場の他は3畳しか広さがない。洗濯物の干し場もないから部屋干しである。食事をしようとすると洗濯物の間を潜り抜ける技が要る。大人4人がいると、空気までが不足するような密度になる。それでも若者は東京を目指す。家賃は6万円台である。親が上京してきても寝る広さがない。「それがいい」という学生もいる。
 
 都市型私大が入学難になっている理由はもう一つある。文部科学省の厳しい「定員厳守」の通達である。17年度の私大の志願者数は前年の8%増、18年度はさらに7%増となった。近畿大学などは15万人を超え、明治、法政なども12万人を超した。私大の内容充実化をはかるべく、私大助成金をカットする方法で文科省は政策をすすめている。18年度は定員の110%までの在籍しか認めない。10%を超えると助成金は全額カットされる。カットされれば経営は成り立たない。100名定員の大学は110名までの入学者ならいい。しかし111名以上だと全額カット。何十億円もの収入減となる。
 左の表を見て欲しい。いかにこの2年で志願者数の増加がみられるかがわかる。地方の私大では在籍率3割という倒産寸前の大学も多い。半面大都市圏の大学は調べてみてもほとんどが「難化」している。
 
 大学側の調整で合格者数も大幅に削減され、それが難化の大きな理由にもなっている。昨年と比して法政3600人、東洋3170人、立命館3140人など合格者数の減り方が大きい。私学の雄早稲田も、2年連続で2000人を減らした。2年間で4000人である。
 
 こうした中で国公立大を狙う学生は、すべり止めにMARCHと言われる大学群を併願することが多かった。いわゆる明治・青山・立教・中央・法政の各大学が対象となった。しかし今年は「すべり止め」を受けた学生が「すべる」という現象を起こした。すべり止めがすべり止めにならないというわけである。
 
 「東京で暮らす」ことを願う学生たちは、これからも併願する大学を増やし、偏差値のランクを下げてでも大都市圏を狙うだろう。そのことは20年代半ばまで私大の難化が続くことを意味している。
 
 文科省が採った対策はいかにも付け焼刃だった。「東京23区の私大定員抑制法案」である。これは東京23区内の大学新設や定員増を今後10年間は認めないという規制措置である。新規の学部・学科の新設も定員内でしか認めない。要するに東京集中を押さえることが目的である。このことが私大の難化に影響しているはずだ。
 
 東京の街で最近行き交う若者たちの目が輝いているように思えてならない。潤んだけだるい目には出会わない。大都会に暮らす楽しさを噛みしめているように思える。「鳥取の空気は美味しい」「島根の自然はすばらいい」などと言っても、それは退職世代に理解されるもので、若者にはまったく通用しない。
 
 国家公務員の出先機関が各都道府県にはある。ここで働く人の何%かはその地の大学の卒業生から採用するという枠でも設けなくてはもはや地方に若者は残らない。
 
 
2018年5月号(611号) テレビは死んだか~ネット動画の侵攻~
2018-05-01
2018年5月号(611号)
 

テレビは死んだか
~ネット動画の侵攻~
 
        理事長 吉野 恭治

 
 4月某日の新聞のテレビ欄である。「世界の村で発見!こんなところに日本人」「今夜はナゾトレ 一茂&假屋崎久本、最下位バトル勃発」「火曜サプライズ 興奮広瀬アリス秋葉原めぐり、のびーるチーズづくりと猫カフェ」「踊るさんま御殿 春のモテ美女超満開!」「この差って何ですか?病気のサイン尿の色の差」どれを見ようかと思う前に、胸がつかえるようなゲップの出るような不思議な満足感に襲われる。「もう見なくてもいいや」というものだ。先日BSで「テレビは死んだか」というビートたけしと池上彰の対談番組があった。死んだかどうかという前にビートたけしも死なせた一人であったようにも思えた。テレビは死にかけているかも知れない。今や瀕死の重症だと言っていいのではないか。
 

 70年代から80年代にかけて、若葉では時間割の編成時に、どうしても考えねばならないことがあった。土曜日の夜の講義と木曜日の夜の講義は、その学年の生徒から苦情が多かった。土曜日はドリフターズの「8時だよ!全員集合」、木曜日は黒柳徹子と久米宏の「ザ・ベストテン」が見られない。この両方が見られないということがないように、学年の講義が重ならないように注意したり、受験を控えた中学3年生にその夜の講義が振り当てられたりした。それほどテレビは熱狂的だった。当時は各家庭にビデオなどほとんどない。それに極めて高価だった。しかし今はビデオで見たい時に見れるようになった。でもそれほどまでにしてテレビを見たいという熱狂はもはや子どもたちにはない。そしてその波は確実に大人たちの世代へ感染し始めている。さらに子供たちの成長がこれからテレビ離れの世代を広げているだろう。
 

 最近そのことを強く感じさせることがいくつかあった。ひとつはエッセイストの中野翠さんのエッセイに、「最近はBSに面白いものが多い」というものである。そのうえで、いくつかの興味ある番組を紹介している。前記したビートたけしの対談で、彼は「BSの番組は自由でいい」というようなことを述べている。さまざまの発言規制のある地デジのテレビ番組に比べると、まだBSにはそこまでの制約が課されてはいないということだろうか。たしかにドラマなどでもスポンサーの関連商品の使用やセリフには大きな注意も必要かもしれない。その点でまだスポンサーのほとんどないBSは、そうした制約への神経の使い方が緩やかなのかもしれない。
 

 先日週刊誌でこんな記事を目にした。ある大学教授が小学校の生徒に対して訪問授業にでかけて、その授業の様子をカメラを持ち込んで撮影したという。その時子どもたちが「え、テレビ?何チャンネルで?」と聞く。スタッフの一人が「違うよ。ユーチューブで流すの」と答えると、目を輝かせて反応する子どもが多かったという。「ユーチューブだって!」「ピカキン!」「なんで検索すると見れるの?」と興奮する。今やテレビよりもユーチューブの方が子どもたちに圧倒的に関心も人気も高い。その折にこんな話も載っていた。ローカルのテレビ局では、その地元の県庁から広報番組を受注することは、営業上も。テレビ局の存在感からも極めて大切なものだろう。その県の特性も、細やかな観光資源も、果ては人情までも「絵」にして見せるノウハウがある。しかし今やそうした番組の企画コンペでは、東京など大都市から参入してくるインターネットコンテンツの制作会社に広報番組委託をさらわれることが多くなっているという。考えても見るがいい。遠く県外や国外から観光客を誘致したり、日本の隅々まで特産品を紹介したり、世界中に宿泊施設の紹介ができれば、ネット動画の方がどれだけ魅力的なことだろうか。テレビ局の前にある「明日」は決して明るいものではない。少子化や人口減少におびえる企業や事業と同じく、テレビ局は「テレビ離れ」という社会現象にこのままでは抗しえない。
 

 今政府が検討を進めている放送制度改革は、特別にテレビ放送などという枠組みを止めて、動画配信サービスと同等同系列に扱おうという改革である。これが実現するとテレビ局のステイタスは根底から揺らぐ。また視聴者の側からも、事実を曲げない正しい報道や、できるだけ多くの視点や観点から人々が意見を述べる機会などが失われてゆくことも考えられる。それらはこれまでテレビ局が担ってきたものではないか。
 

 先日「衛星劇場」という映画配信サービスで、「ゼロの焦点」という映画を観た。1961年の制作だから、もう60年近い昔の作品である。原作は松本清張。金沢出張に行ったまま帰らない新婚の夫を待ちきれず、夫の行方を捜し求める鵜原禎子を演じた久我美子も、東京から流れ帰った金沢の煉瓦工場の女子社員田沼久子を演じる有馬稲子もすでに80歳を超えている。西村晃、沢村貞子、加藤嘉など今は亡き名優たちが出ている。この映画はモノクロである。しかし戦後という未曽有の困難の中で進展するドラマと、その舞台となった能登半島の貧しい漁村の風景は、驚嘆に近い感動を呼ぶ。松本清張の着眼もすごい。戦後の混乱を生き抜く女たちの哀しみが、荒涼たる能登金剛の海岸で結末を迎える。いまから60年も前、私たちはこのような素晴らしい映像を見ることができたのである。重厚で吠えるような冬の日本海、娯楽映画だがその映像の重さにたじろぐほどだ。
 

 60年後の今、私たちが日々見せられている画面はどうだろう。極彩色で画面は美しい。しかし私たちはテレビから重厚な感動などを受け取ることがあるのか。来る日も来る日もお笑いタレントがひな壇に並んだ、ほとんど内容のないスタジオ番組を見るしかない日々は、そのままテレビ離れを助長するように思えてならない。TBS系で先日まで「99.9刑事専門弁護士」というドラマがあった。この中の「いただき松任谷由実」などというセリフに最初は笑っても、週を重ねると「いただき松田聖子」に腹立ってくる。その悪ノリにテレビが今毒されている気がする。毎日出てくる司会者のトークに、理性も知性も感じなくなっている。
 

 ある大学教授が大学生にアンケートをとった結果がある。「もし自分が映像制作が得意だったら、①テレビ局の正社員 ➁ユーチューバーのどちらになりたいですか」集計では➁の方が多かった。このことは就職を控えた若い世代にも、働く場としてのテレビ局が敬遠されつつあるということだろう。ドラマだけの問題ではない。日本のこれからを報じるべきテレビニュースを背負う人材も間違いなく育つのかと思いたくなる。ドラマにも報道にもスタジオショーにも、重い課題が重なっている。
生き抜くために「夜の女」に身を落とした女性は今どうしているのだろう、松本清張はその疑問に「ゼロの焦点」の筆を執った。いまテレビは何を焦点に、ゼロからの決意あるスタートを待たれているのか。
 
 
 
2018年4月号(610号) 15時17分、パリ行き~イーストウッドの世界~
2018-04-01
2018年4月号(610号)
 
15時17分、パリ行き

~イーストウッドの世界~
 
理事長 吉野 恭治

 
 クリス・カイルは幼い時父にこう聞かされる。「世の中には羊と狼と番犬という3種類の人間がいる」。カイルは羊を守る番犬になる道を選ぼうと思う。カイルはケニアやタンザニアのアメリカ大使館爆破や、ナイン・イレブンの同時多発テロなどから衝撃を受け、番犬としての自己を遂行すべく、イラクに渡る。米軍の一人であったカイルは、仲間を守るべく160人の射殺を成功させた。米軍史上最多である。スナイパーとしてその名はこれからも長く記憶されるだろう。しかしカイルは銃撃という極度の重圧と震えるような使命感、照準にあわせる時の緊張から次第に心を蝕まれてゆく。クリント・イーストウッドは14年に映画「アメリカン・スナイパー」を監督して話題を呼んだ。映画を見ながら緊張に観客も凍った。アメリカでは大ヒットとなった。
 
 
 それから2年、16年にクリント・イーストウッドは今度はチェズレイ・サレンバーガーを主人公に取り上げた。サレンバーガーはパイロットである。その日、USエアー1549便は、ニューヨークからシアトルへ向かっていた。乗客は155人。離陸してまもなくエアバスA320の両エンジンに、鳥が吸い込まれ、エンジンが停止するという緊急事態になった。サレンバーガーはそのフライトの機長だった。航空機は1月15日、真冬のハドソン川に不時着水を強行した。一人の犠牲者も出さずに1549便は着水し、全員救助された。機長は着水後の救助に困らないように岸に近い地点に着水するという余裕のある判断をしていた。機長を演じたのはトム・ハンクス。タイトルは「ハドソン川の奇跡」。
 
 
 この2つの作品に共通するのは、迫りくる危険に瞬時に対応する判断力、確たる人生経験、備わった資質もある人たちが主人公。そんな実話が映像化されている。
 
 
 18年、クリント・イーストウッドは新しい映画を公開した。3作連続の実話の題材である。しかし今年の作品で出会う主人公たちは、より平凡な市民であり、特別な技能のある者たちではない。ただ日常生活の上で思考の展開が正しく、ある意味で善良な若者たちが遭遇する事件である。それは偶然という言葉が色濃いが、偶然が巻き込む3人の主人公の行動に共感させられる。
 
 
 今年公開のこのクリント・イーストウッドの新作のタイトルは「15時17分、パリ行き」である。この列車はその日15時17分にアムステルダム中央駅を出発、17時13分にブリュッセルで停車、17時50分に列車内でテロ事件が発生する。テロリストの名はアイユーブ・ハッザーニ。折から金曜日。乗客にはウイークディをアムステルダムで過ごしたビジネスマンたちが多数。それに夏休みを西欧で過ごす計画の旅行者たち、554人が乗車していた。国際列車なので駅間の距離が長く、列車は高速で走る。テロリストにとっては仕事のしやすい条件がそろっている。アイユーブはブリュッセル駅から乗車したが、彼が装備したものは軍用ライフルAK47、270発もの弾薬、ルガール社製のピストル、ガソリン入りのボトル、カッターナイフ、ハンマーだった。狙われたのは554人の乗客。無差別の殺戮が普通だ。折からこの列車に乗り合わせた3人のアメリカの若者たち。テロリストに首筋を射抜かれて出血する乗客も現れる。ここでこの3人の若者が果敢にテロリストに立ち向かう。そして縛り上げ、列車は18時14分にアラス駅に緊急停車。554名の乗客に死亡者はひとりも出なかった。
 

 クリント・イーストウッドはこのテロ事件を映画として制作した。テロ発生から犯人逮捕までは24分。いくらイーストウッドが名監督でも、24分の出来事で映画は作れない。この映画が優れているのはそこである。3人の若者は幼馴染で、懐かしい再会をするヨーロッパ旅行でのテロ遭遇。ここでクリント・イーストウッドはその3人の幼少時代からをたどって映画としている。その手法に感心する。
 
 
 3人の若者はこんな出会いの中で育った。場所はカリフォルニア、サクラメント。公立の小学校に通うスペンサーとアレク。2人は仲間たちとサバイバルゲームを楽しむ元気な少年だった。2人の母はともにシングルマザーで隣人。ある日母親2人は学校に呼ばれ、スペンサーが読むことが非常に遅いこと、アレクが授業中外ばかり見ていることを告げられ、ともに「注意欠陥障害」薬の投与を勧められる。元気のいい母親2人は、憤然と抗議し、中学校は私立のクリスチャン・スクールに進学させる。学校側の「病気ではないか」という注意に、俄然怒りを露わにする2人の母親は、日本の母親と違って勇ましい。スペンサーとアレクはその学校で一級上のアンソニーという少年と知り合い、この3人が仲のいい中学生になる。その後アンソニーは自由な校風を求め公立校に転校する。アレクは父に引き取られることになり、オレゴンに引っ越す。バラバラになった3人はその後も連絡は取りあうが揃って会うことはなくなる。高校卒業後アレクはオレゴンの州兵部隊に、アンソニーはカリフォルニア州立大学へ、そしてスペンサーは空軍のパラレスキュー部隊へ憧れ、空軍に志願するが、レスキュー隊員となることはかなわなかったものの、救急救命士としてポルトガルに赴任する。
 
 
 久しぶりに3人は3週間の休暇をとり、ヨーロッパ旅行を計画し、現地で落ち合う。ありふれた観光客のノリでイタリアを楽しみ、オランダからフランスへ向かうために「15時17分、パリ行き」に乗車する。幼い日から続く3人の交友は、ついにテロリストとの対決という事件との遭遇となる。
 
 
 テロリストを捕らえ、重症の乗客を救い、身の危険を投げうち、走る高速列車での行動は評判となり、フランス大統領から勲章を受けることになる。世界中がこの3人に沸いた。
イーストウッドはこう述べている。「あの列車にもしこの3人が乗っていなかったら、大惨事になっていただろう。彼らは私たちの身近にいる普通の若者で、正しい時に正しいことをした若者だ。彼らこそが時代が求めるヒーローなんだ」。確かに彼らは「普通の人」だったのである。だからこそその行動が高く評価されたのだろう。

 
 
 しかしその後もヨーロッパの各地でテロは続いている。普通の市民が行きずりにテロに遭遇する危険はますます高い。この映画の驚きはイーストウッドのキャスティングである。この映画の主演の3人、実はこのテロ事件の当事者の青年である。負傷した人も本人、列車もこの列車を借り切って、走る車内で撮影された。さりげなくすべてが本物である。
 
 
 イーストウッドは今年87歳。怠惰になることを感じさせない87歳。イーストウッドは早くも次作の準備に入っているのではないか。燃えるような映画熱を失わない万年青年である。
 
 
 
 
2018年3月号(609号) 朝は改札機の音ではじまる
2018-03-01
2018年3月号(609号)
 
朝は改札機の音ではじまる

~現代百人一首2018~
 
理事長 吉野 恭治

 
 
 東洋大学が創立100年の記念行事として実施したのが「現代学生百人一首」だった。100年に関連した記念行事だったが、今年31回になるので、すでに学校創立から130年を超えている。今年は49259首の応募があった。都道府県別には東京都が最多で4084首、続いて神奈川の4414首、アメリカからも333首の応募があったが、わが山陰は鳥取、島根とも今年も0で短歌に背を向けたかのような状況である。
 ともすれば希薄になった家族関係、そう言われるが読み終えるとひたひたと押し寄せるような感動のある歌も今年は目立った。家族はやはり身近な共同体であろうか。
家族を歌った歌を紹介する。49000首から選ばれた家族の歌をしっかりと読んで欲しい。
 
決まったよ喜ぶ私と温度差が
  寂しさが増す母のほほえみ
山形県立酒田光陵高校3年 田中 日菜
手強いぞ言ったら引かぬ更年期
  言われて聞かぬ私思春期
         芝浦工業大学柏高校1年 河邊 仁紀
お見舞いの我が子にみせるその笑顔
  いつか看護の私に向けて
香取郡市医師会附属佐原准看護学校1年 篠塚 真穂
汗流し家族のために家事こなす
  働く祖母は私のヒーロー
東京都立大森高校3年 深谷 まの
「意地っぱり」母が笑ってそう言った
  私も笑う「親ゆずりだよ」
貞静学園高校1年 小野塚琴弓
土砂災害祖父母を亡し哀しんだ
  あれから家族絆は強し
広島県立総合技術高校1年 末永 星花
 
これからの3首はこうした素材や心情でも、どこかでしみじみと家族に注がれる優しさを教えてくれる。歌の中にあるアカショウビンとは火の鳥ともいう燃えるような色のカワセミのことを言う。故郷の実家で聞く音色だ。
 
将棋さす祖父とアニキの背中には
  プロとは違うやさしい沈黙
伊那西高校3年 福澤 愛実
かすみ草込めた気持ちは照れかくし
  母への手紙にそっと押し花
        山口県立岩国商業高校2年 竜口ひかる
縁側でアカショウビンの音聞きつ
  祖父の隣りで寝たあの夏よ
          鹿児島県立大島高校年 水野あかり
 
 深窓の令嬢などという言葉が生きていた時代の恋と、今の時代の感覚に塗り込められた恋とは、目線も呼吸もまるで違う。しかし何倍も心地よい若さを感じさせる。
 
泣く君の力になりたいだけなのに、
  どうしてどんどん遠くへ行くの?
芝浦工業大学柏中学校3年 阿部紗也香
すれ違うその瞬間さえ意識して
  気にしないふり前髪いじる
         昭和学院秀英中学校2年 山本 花奈
図書室で出合った本の貸し出し欄、
  十年前の君とも出逢う
         東京都立府中高校2年 加藤 楓花
 
新しい言葉と思われがちだが、歴女とは「歴史が好きな女の子」というほどの意味で軽く使う。次に紹介する2つの歌は歴女も目線も楽しく使われている。
 
身長をやたら気にする君だけど
  おんなじ目線が私は嬉しい
        千葉商科大学付属高校2年 里  咲子
大人しい君が歴女と知ってから
   好きになってる織田信長も
         東京学館新潟高校1年  本間  凪
 
 学生時代、どう思い返しても2度とあの素晴らしい時代には戻れない。今まさにそうした時代に首までつかっている世代が、若い感覚で自分や学校生活を詠む。それを読むだけで、せめて想いだけでもあの頃に戻りたい。
 
「次期部長」言われたときのしょうげきよ
  空前絶後の夏休みかな
麗澤中学校2年 大竹 風音
合宿所せみの鳴き声聞きながら
  体休める至福の時間
          専修大学附属高校3年 角一 峰昭
Jアラート鳴った朝でも教室で
  あくびしている僕らの未来
          東京学館新潟高校1年 野上  凌
数Ⅰの問題解く手が動かない
  コップの氷カランと響く
           光ヶ丘女子高校1年 近田 晴菜
先輩と呼ばれて走る緊張感
  春光そそぐ体育館で
佐世保市立清水中学校2年 田川 千晴
寮生活一歩歩けば友の部屋
  喜び悲しみ持ち込みOK
慶應義塾ニューヨーク学院(高等部)  12年  福島安也奈
 
私が好きな学校生活の歌2首、うまいなぁとつくづく思う。若い感性は着眼点も驚くほどに若いのだ。
 
ミサイルが日本を通過しましたと
  今日の私のモーニングコール
        星美学園中学校3年 岩田  花
いとをかし平成女子はインスタに
  ほうじ茶キャラメルフラペチーノ
         和光高等学校3年 長野 天音
 
 若者たちは何を考えて生きているのだろうか。そうした「若者のいま」を読み解く。その繊細な視点に唸るような驚きもある。湧き上がる感動のようなものもある。
 
「おっはー」と台本無しの人生を
  笑顔で歩む僕を演じる
      岩手県立盛岡第二高校2年 林  陽帆
この時代生きた心地がしないのだ
  なにをするにも指先ひとつ
         神奈川大学附属高校1年 中村 優太
 
改札機を通る時「ピッ」となる音で、自分もリセットされるというさわやかな朝の感慨、そして今や電車の中は全員スマホっという光景で、本を読む人のすばらしさ。
 
今年はこの2作を自分流の最高作とするべきか。
 
 
定期券ピッと鳴ったら始まるよ
  昨日と違う新しい日が
      ノートルダム清心中学校2年 福田陽向美
電車内本を立ち読みする人が
  いるとなんだかほっとするんだ
        中央大学附属横浜高校2年 小笠原 咲
 
 
 
 
2018年2月号(608号) 5万ボルト・全滅するパソコン
2018-02-01
2018年2月号(608号)
 
5万ボルト・全滅するパソコン
~日本海沿岸の憂うつ~
 
理事長 吉野 恭治
 
 

 シェルターとはなにかご存知だろうか。避難所のことである。以前はおもに地下室を指したと思うが、最近では庭先に簡易に組み立てて作る屋外設置型のものから、現在は住宅内の不要になった一室を特殊な素材で囲って作る屋内簡易設置のものまで市販されている。目的は戦時下の攻撃防御とか、核攻撃の防御、または気象異変対策など目的によりさまざまにある。

 第2次世界大戦の折、フィンランドではソ連からの爆撃を受けた時、死者が非常に少なかった。戦後そのことについてさまざまに理由が述べられたが決定的なものはこれだと言われている。それはシェルターの多さであるということだ。小さな民家にもシェルターがあり、現在でも首都ヘルシンキの昼間人口80万人を十分に収容できるという。最近の日本からは羨ましいと言わざるを得ない。

 それと最近の犯罪では防犯カメラに、犯人検挙の大きなポイントが写されている場合が多い。日本にこんなに防犯カメラが設置されているのかと思うことがある。しかしカメラの設置数ではイギリスに遠く及ばない。イギリスには600万台のカメラが設置され、むしろ最近では設置場所が飽和状態になってきているとさえいう。駅の改札やホーム、赤い二階建てバスの車内、学校の校門など設置数もすごい。1台のバスに5台のカメラが取り付けられているという。ことに首都ローマには200万台を超える防犯カメラが既設され、カメラ1台あたりに市民4名に近いほぼ完璧の体制にすでになっている。2005年のロンドン同時多発テロ以来、その対策強化は著しい。その一例をあげてみよう。

 バッキンガム宮殿は女王の居城だが、敷地は1万坪、部屋数は775室、浴室だけでも78室もある。この宮殿はロンドン観光の中心であり、観光客も極めて多い。付近には緑に彩られた公園が続き、大英帝国の昔日の栄光を思わせる。こうしたところはどう警備されているか。実はバッキンガム宮殿の周辺には1000台を超える防犯カメラがすでに設置されている。宮殿に近いどのような路地を通ろうとも、カメラに写ることなく宮殿に近づくことは何人も困難と言われている。すごいと思う。

 昨年末、恒例の「今年の漢字」には「北」が選ばれた。もとより「北朝鮮」を意識しての決定につながったと思う。北朝鮮は正しくは「朝鮮民主主義人民共和国」という。あれが「民主主義共和国」なのかといまさら言葉自体の意味を考えてしまう。その北朝鮮と山陰の各日本海沿岸の街々とはきわめて近距離である。米子から東京までは700キロを少し上回る程度である。平壌から米子までは800キロはない。飛行機で米子や松江から1時間ほどの羽田と、平壌までとはほぼ同じ時間だ。考えてみれば札幌より平壌の方がはるかに近い。自衛隊の飛行場を有する米子の方が地理的な意味合いから深刻な事態にあると言っていいだろう。アメリカでの発表によれば「もしアメリカと日本で核爆発があれば、それぞれ死者は200万人を超えるだろう」ということであった。それならどうすればいいのか、そのことについては世界中に答えを出せる人はいない。ひたすらに「脅迫」のやり合いだけで、双方の脅迫のエスカレートに頼るばかりだ。

 内閣官房・総務省が発表した核攻撃の際の一般国民への避難方法はこんなものだ。家に入って窓の少ない部屋を選び、窓やドアに目張りをして、「自分でにわかシェルターをつくれ」ということだ。日本ほど核対策の設備の遅れている国はないだろう。全人口を100とすると、国民を収容できるシェルターはどれくらいあるのか。スイスやイスラエルは100%、アメリカは82%、イギリスでは67%。そしてわが日本は0・02%。それだって山陰にはないだろう。私たちは「核の悲惨」を世界に訴える責任があろう。しかし「核から身を守る」ことも真剣に考えるべきではないか。それとも「核弾頭が落ちてきたらみな死ぬしかないね」と笑い飛ばす勇気を持つべきか。総理を誰がやろうと、何年政権を握ろうと、新党の代表が誰になろうと、国民の安全をこうした視点で考えてくれることがない限り、国民は危険の日々に放置されたままである。

 つい1時間の飛行距離の彼方に、核開発に成功して、ことあるごとに核攻撃を口にする国がある。日本でいちばんその国に近い地方に住むものは、いくら何でもじっくりと対策や方策を考え、準備すべきではないか。

 北朝鮮の核実験の時期が次はいつかと模索されている。

そこにひとつの新しい攻撃の方法が加わって、多くの国を狼狽させている。その新しい攻撃法とは「電磁パルス」と言われるものだ。多大の投資なくして、相手国を完全に叩きのめすことができるので、「貧者の兵器」とも言われている。昨年9月に北朝鮮はすでに「電磁パルス」を完成したという報告を流し、世界中はなす術のない対策にこれから迫られることになる。

 電磁パルスについてすこし知っておきたい。上空30キロから400キロという超高度で核爆発を起こすと、その際生じるガンマ線が、窒素や酸素と衝突して強力な電力が発生して地上を襲う。その規模はヒロシマ程度の爆発でも日本全土を一瞬に襲う。超高空で核爆発を起こしているので、その熱線や爆風は地上には全く届かない。つまりこのことによるヒロシマのような惨禍はおこらない。しかし送電線などを伝わって電磁パルスが襲ってくると、5万ボルトもの高圧電流が流れ、すべてのパソコンは瞬時に破壊される。当然だが日本全土が同時に大停電を起こす。映像の送信、病院の手術、水道からの送水、交通手段の全面的な停止、金融機関の運営の停止など計り知れない被害をもたらす。韓国の放送では「その場合どの国でも石器時代に戻る」とさえ伝えている。家庭でいえば水道が止まり、冷蔵庫が止まる。水洗トイレは使用不能になり、スマホも固定電話も停止する。

 もし日本がやられれば、世界経済も瞬時に崩壊するほどの被害が襲う。それでいながら見た目には、市街のどの建物も一切崩壊しないし、火災も起こらない。しかし電磁パルスにひとたび襲われると、津波のように大電流が全土を覆い、航空機すら飛行中に操縦不能に陥ると予想されている。もしニューヨークを襲えば、ワシントンもこめてアメリカ東部は全滅する。人は死なない。しかし1週間の食料品の保存があっても、工夫してせいぜい3週間ではないか。すると飢餓のために死者は何百万にも達する。一度発生した電磁パルスの消滅には数年はかかり、その復旧には数百兆円の費用がかかるという。無血の戦争である。懐中電灯の常備、井戸の必要性、自転車が貴重な手段だとか科学者は呼びかける。  

 日本には社会をあげての対策は全く行われていない。日本海をながめ、水平線の1時間の向こうに、日本全土の生死を担う国が息づく実情を、深く静かに考えたい。
 
 
2018年1月号(607号) 母校はなくならないか
2018-01-01
2018年1月号(607号)
 

母校はなくならないか
~閉校の危機に襲われる地方私大~
 
理事長 吉野 恭治
 
 2017年、全国の18歳人口は120万人である。もっとも18歳人口の多かった66年(昭和41年)で250万人、その後の第2次ベビーブームで92年(平成4年)には200万人。それが今年120万人で、最多期の50%になっているのが衝撃的だが、23年には110万人、31年には100万人割れを予想している。これは今年に比べて20万人もの減少になると予想される。現在大学への進学率はほぼ50%、それだと実に10万人の大学進学者の減少となる計算で、比較的小規模の、1学年定員1000名程度の大学なら、現実的には100校が消滅する計算になる。大学はまさに存続危機に直面しているといわねばならない。
 文部省の対応にも確かに問題がある。学生減少期がもうそこに見えているのに、毎年毎年新設大学を認め続けた。地方にも大学新設が続いた。目先の学生の進路処理には有効だったかもしれないが、長期的にみれば早くから大学設置数が過剰になることがわかりきっていた。それが今現実に迫ってきている。今度は抑制に転じなければならない。今年文科省は、東京23区内に私大の新設や増員を認めないという対応を決めた。しかしこれが少子化の対応に効果があるとも思えないし、首都圏への学生集中の歯止めになるとも思えない。
 さて問題は大学の存続を考える時期にあることだ。誰もが「母校」と呼んで同窓会などを通じて生涯大切に思う。しかしその母校が卒業後なくなったらどうするのか、在学中に閉校になったらどうするのか、これから大学に進むものはそうした視点からの進学先の決定が必要になると思われる。決して「どこかで起こる話」ではなく「近くで起こる話」だと認識してほしい。
 まず定員に対する充足率だ。掲載した表は公開されている「大学情報公開サイト」から週刊誌「AERA」が発表しているものだが、充足率の高い大学は、ある意味安心ができるかもしれない。充足率143とは募集定員100名に対し143名が入学していることで、驚くべき実績だが、ある意味評価されるべき実績を持っていることである。それらの評価されるべき内容を考察してみると①実習の充実度の高さがあげられる。ことに医療・福祉系ではポイントになると言っていい。外国語系でも同様で、実際に外国語が使え、話せる能力が身につくことに他ならない。②少人数教育の成果である。小規模な文系の大学に目立つ。高校の教員の勧めで進学を決めた学生が半数以上の大学もあることから、こうした教育の内容の充実は、比較的情報も得やすいのではないか。
 ただここで忘れてはならないのは入学者の歩留まりの読みが影響する点だ。歩留まりのよくない大学では定員の何倍も合格を発表する。すると時に思いの外歩留まりが高く、学生が定員オーバーしてしまうということだ。評価も高く名も知れた大学が、充足率の高い大学に入らないのはここにある。これらの大学は、多くの合格発表をすれば、歩留まりが高いため、たちまち定員オーバーするほど入学生を迎えることになってしまうからである。ちなみに充足率では112青山学院、111明治、109早稲田、109上智、109同志社、106慶應、102関学など著名な大学、言い換えれば学生を集めやすい大学では、合格発表数を控えるから、充足率は高くはならない。この点も加味して考えたい。
 一方充足率の低い学校は、多少合格者を多く発表しても、なお学生を集められない実情にある。充足率30~40%台の大学は、100名募集しているのに30名や40名しか入学してこないという危機的状態に陥っている場合が多い。こうした状態が続けば、他校への吸収合併や、閉校の措置を予想せざるを得ない。こうした大学は圧倒的に地方大学に多く、東京の大学は充足率の低い50大学でも2校しかない。学生の大都市への進学願望を物語っている。東京という都市に対するあこがれである。危険な意識である。いま一つ、短大から4年制へと改組した大学では、短大時代と変わらない指導方針や内容が学生に疎まれる傾向にあることである。これは進学にあたって大いに検討しておくべきことだと思う。
 生き残れる大学にはさまざまの要件もあろう。ただ同じ東京都や近郊にあって、なお都心へ移転を試みるいくつもの大学がある。鳴り物入りで郊外へ移転し、それが評価された時代は去り、いまや都心回帰の潮流になりつつある。実際それらの大学は出願数が増え続ける。卒業後も残り続ける大学を見極める、臭覚も眼力も要望される。「家賃2倍でも都心がいい」という学生も多いとか。
 
 
 
2017年12月号(606号) 3つの時空間が交錯するドラマ
2017-12-01
2017年12月号(606号)
 

3つの時空間が交錯するドラマ
~映画「ノクターナル・アニマルズ」~
 
理事長 吉野 恭治

 トム・フォードという男性をご存じだろうか。自分の名前と同じ服飾ブランドを立ちあげて、瞬く間に世界中に名を売った。007のジェームズ・ポンドのスーツも彼のデザインである。2005年に起業した。メンズウェア、ウィメンズウェア、アクセサリー、コスメティックなど多岐にわたっている。トム・フォードは1962年テキサスの生まれである。ところが多才な彼は2009年映画監督としてもデビューした。その第一作は「シングルマン」という。これがさまざまの映画祭で絶賛され、ノミネートされ、受賞した。彼の「映画」という新しい才能の分野がわかったということである。
 監督第2作は「ノクターナル・アニマルズ」という。東京で大学2年の孫に出会った折、「ノクターナル・アニマルズってどんな意味?」と聞いたら、即座に「夜行性動物だろう」と答えた。英語圏への留学を目指す彼にはこれくらいの英語力は当然なのか、私なりの満足もあった。私はこの映画を観ておきたいと思い、ネットで調べた。ところがあの広い東京で、この映画はただ1館だけしか上映されていない。日比谷まで出かけてこの映画を観た。ある意味、堪能したといってもいいかもしれない。
 この映画は3本の映画を同時に見ているような、不思議な時間軸に置かれる。不思議だが見終わった後「もう一度観なければ・・・」という感情に襲われる。
 スーザンはロスのアートギャラリーのオーナーである。夫ハットンと経済的には何の不足もない生活を送っているが、心は満たされない生活を送っている。レセプションの成功に酔いながら、スーザンは週末なのに仕事でNYに行くという夫を、半ばあきらめの感情をもって見つめていた。スーザンは離婚の過去をもっている。20年前のことだ。当時作家を目指していた前夫エドワードの才能を、スーザンはすでに見放していた。離婚して新しい夫ハットンの胸に飛び込んだ。何という充たされた生活だろうとその頃スーザンは幸せの絶頂にいた。20年の間にすべてが変わろうとしていた。
 そんなスーザンのもとに元夫エドワードから書籍の小包が届く。何年も音信のなかった夫エドワードの書いた新作小説だった。「君との別れが着想になって小説を書いた。感想が聞きたい」と手紙が添えられていた。いくらか躊躇する想いを抱きながらスーザンはページをめくる。タイトルは「ノクターナル・アニマルズ 夜の獣たち」
 映画は20年前の結婚当初のスーザンの世界と、今の心に隙間をもつスーザンの日々との2つの時間軸で進行するが、ここからエドワードの書いた新作の内容も実写化されて展開される。3つの時間軸に置かれた観客は、次第に小説の中の世界が、現在のエドワードの世界でもあるかのような錯覚をもつ。スーザンも同じ状態になる。監督はその狙いをひそかに持っている。エドワードはジェイク・ギレンホールという演技力の確かな俳優が演じているが、映画の中の映画、つまりエドワードの小説の世界での主人公トニー・ヘイスティングスもギレンホールが演じている。はじめ2役とは気づかず、似ているなという意識はあったものの、2役と気づいてから一段と混迷の中に置かれる。映画の中の映画はこんな話だ。トニーは妻のローラと娘のインディアを連れてハイウエイを走っていた。そこで2台の車から執拗な嫌がらせを受けトニーの車は大破する。3人組の男レイ、ターク、ルーはトニーの妻と娘を自分たちの車に押し込んで走り去る。観客の混乱の中でただ小説の世界の映像だとはっきり認識させるものがある。小説の舞台はエドワードとスーザンの出身地テキサスであることだ。映像が黄色っぽい土色に変わり、LAとは異世界になる。
 ここまで読んだスーザンは心の平静を取り戻すかのようにハットンに電話をかける。夫は女性同伴である。裏切りの予感は確信に変わる。スーザンは孤独な夜の中に置かれる。小説の実写が進行するにつれて、スーザンの元夫に抱く波のような感情の変化が鮮やかである。
 トニーは歩き続けて、1軒の民家で助けを求める。捜査の担当となった警部補ボビーはトニーと共に再び現場に立ち戻り、そこで妻と娘の遺体を発見する。
 スーザンは思い出していた。コロンビア大学でエドワードと出会い、二人の交際が始まる。財力のない作家志望のエドワードとの結婚。20年前の日々だ。スーザンはここまで読んでエドワードにメールを送る。「圧倒的で素晴らしいわ。火曜日の夜会いたい」
 小説の中も進行していく。ボビーとトニーは協力し合い犯人逮捕に歩き回る。そのうち3人組の男性の一人タークが強盗事件を起こし死んでしまう。一緒にいたルーは逮捕されるが、トニーの妻や娘のことについては知らないと弁明する。それはある部分は真実に思え、ボビーは逃げ延びている3番目の男レイが首謀者と信じ、行方を捜索する。レイは逮捕されるが証拠不十分で釈放される。トニーとボビーは車にレイを押し込めて、無理やり現場に連れてゆく。妻と娘の最後の状況を叫ぶレイと怒りに震えるトニーとは撃ち合いになり、トニーは息絶える。小説はクライマックスを迎える。
 スーザンは20年近い昔のことを思い浮かべていた。どうしても作家としてのエドワードの才能を信じられなかったスーザンは、小説のアドバイスをすることで口論となる。「僕の才能を疑ってる?」「そんな人生でいいの?ずっとこういう暮らし?」現実的で将来が見通せる人生を送りたいというスーザン。「だれかを愛したら努力すべきだ。失えば二度と戻らない」とエドワード。しかしスーザンは新しい恋人ハットンのもとへ去る。新作の小説を読み終えたスーザンは、のめり込んだ。エドワードとの再会に心のときめきさえあった。
 そして火曜日の夜。スーザンは再会の期待に動悸すら覚えながら、レストランの席でエドワードを待つ。しかし閉店までエドワードは現れない。この映画を観た人の感想のいくつかに「ラストをどう受け止めるかわからない」というものが多かった。3つの時間軸の解決も方向も示されないで映画は終わる。その結論の取り方は観客に委ねられている。不思議な映画だ。面白い。私は改めて自分の作家としての才能を、スーザンに知らしめるエドワードの復讐と解釈して自己納得をしている。機会あればこの映画のラストに挑戦されればいい。
 
 
2017年11月号(605号) ヴァイオリン・三浦文彰
2017-11-02
2017年11月号(605号)
 
ヴァイオリン・三浦文彰
~若き次代の才能が芽生えるこの頃~
 
理事長 吉野恭治
 
 
 ストラディヴァリウスという名をご存じだろうか。音楽を愛する世界中の人々から羨望を浴びるヴァイオリンの名器である。ストラディヴァリウスは人の名前から来ている。アントニー・ストラディヴァリというヴァイオリンの制作者がその名の由来である。ストラディヴァリはイタリア人で、1644年~1737年の存命で、当時としては異例の長寿である。彼が生涯に作成したヴァイオリンは2000丁くらいだろうと言われているが、他のヴァイオリンでは出せない音色が、300年の歳月を超えて微動だにしない評価を持ち続けている。現在世界中に600丁が残されていると確認されている。ストラディヴァリウスのなかでも彼が60歳から70歳の頃に作成したものが最も素晴らしいとされている。評価が高いと言っても、その価値を金額で示さねばわからないだろうが、日本音楽財団がストラディヴァリウスをロンドンでオークションに出した。その落札価格は歴史上の最高額で12億7千万円だった。もちろんヴァイオリン1丁の値段である。このストラディヴァリウスは詩人バイロンの孫娘が所有していた時期があり、「レディ・ブラント」と呼ばれる名器である。日本音楽財団はなぜ貴重なストラディヴァリウスを売ってしまったのか、それは東日本大震災で大きな被害を受けた、ことに若き芸術家の支援に使われた。日本音楽財団はそれでもなおストラディヴァリウスを15丁も所有しており、所有楽器の資産価値は94億円にのぼると評価されている。そしてこれらのストラディヴァリウスは世界中のヴァイオリンの名手や期待の新人に貸与されている。才能を持ちながらストラディヴァリウスを所有できる演奏家はほとんどいない。ストラディヴァリウスを所有する財団や団体が長期にわたって貸与する制度が定着してきている。日本音楽財団の他に「宗次コレクション」と言われるNPO法人がある。ここにもストラディヴァリウス8丁を含むヴァイオリンの名器が30丁ある。このコレクションからのストラディヴァリウス貸与者のリストに、三浦文彰の名前がある。2017年1月から貸与されている。
 三浦文彰、現在24歳。希有の才能に恵まれ、努力と練習を重ねる若きヴァイオリニストである。先日偶然に見たTBS系「情熱大陸」でそのまだ短い人生が紹介され、生活信条や音楽への姿勢も紹介された。ストラディヴァリウスの話しにも興味を持った折だったので、三浦文彰への強い関心があった。
 三浦文彰は1993年生まれ、父章宏、母道子共にヴァイオリニストで本人は3歳からヴァイオリンを始めた。10歳の頃には音楽家となることを決めていたともいう。14歳の時、両親の離婚という環境が一変する出来事があり、それからわずか2年後、16歳の若さで、世界最難関と言われるドイツのハノーファーヴァイオリン国際コンクールで史上最年少優勝を果たした。一躍世界一となり、注目の的となった。若くしてハンブルク北ドイツ放送交響楽団、ミルウォーキー交響楽団、プラハ・フィルなど世界の名だたるオーケストラや音楽家たちと数多く共演し、さらにNHK大河ドラマ「真田丸」のオープニングテーマ曲の演奏などでも注目された。
 当初三浦文彰は父章宏との共演を拒んだ。父が極めて勝手な人に見えたのだろう。しかし東京フィルハーモニーでコンサートマスターを務める父に、それだけの尊敬も持ち、音楽家としての憧憬も持った。そしてともに仕事をするときは笑顔であいさつを交わし、真剣に打ち合わせるまでになった。三浦文彰は大きな成長を遂げている。普段着のラフな服装の彼が、ひとたびストラディヴァリウスをもち1小節でも演奏しようものなら、周囲の空気が振動するように変わる。すごいと思う。しばらくはオーストリアに住んでいたが、そこでさらに腕を磨いた。近年は日本での活動を中心としている。
 もうひとりかなり知名度の高いピアニストがいる。辻井伸行、彼はまだ30歳前の若いピアニストであるが、生来全盲である。それでいながら日本で多くの賞を受け、世界中の多くのオーケストラと共演を果たし、絶賛された。新進気鋭のピアニストである。
 平成21年には、アメリカで開催されたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した。日本人として初の優勝でもあった。彼はその音楽活動を日本で展開しているが、多くの人々を魅了するコンサートのチケットはほとんど完売で、ネットでは「売り切れたチケットを紹介する」サイトもある。
 ある父親がわが子にイチローのプレイを見せたくて試合のチケットを手に入れた。当時オリックスだった。そのチケットがたまたま平日で学校を休まねばならない。父親は悩んだが、この話が週刊誌上で紹介されると、教育評論家のひとりが「学校を1日休むくらい何のこともない。これも立派な学習だ。今のイチローは今しか見られない」と述べていた。
 最近若くして驚異的な成績を収めるアスリートたちがいる。みな10代である。卓球の平野美宇、世界ランキング5位。池江璃花子、16種目の日本記録を持つ女子水泳のホープである。フィギュアスケートの期待の星、本田真凛も高校生である。男子の卓球ではシングルス世界ジュニア選手権優勝の張本智和、「ハリバウアー」と「チョレィ」で人気者になった。まだ14歳。変わったところではボルダリングの伊藤ふたば。14歳と9カ月でジャパンカップの優勝を果たした。野球の清宮幸太郎、今年の野球界の話題を独占している。それに何と言っても将棋の藤井聡太もいる。こうした人たちの生涯の頂点と思える時期にぜひそのプレイを見たいと思う。若い世代が大きく育つことに大きな喜びと次世代の到来を強く感じている。今なら羽生結弦のフィギュアも観ておきたいし、桐生祥秀の9秒台の走りにも出会いたい。世界指折りの評価を得るには血のにじむ努力がいるだろう。しかしテレビのインタビューでは満面笑顔のものばかりで、裏に潜む厳しい歳月がにじまない。一瞬の成果に何年もかける、しかも貴重な青春の一時期の全てを注ぎ込む。すごいと思う。
 さてストラディヴァリウスと三浦文彰の音色と演奏を同時に楽しめる機会があればと思っていたら、なんとそれに辻井伸行がピアノで参加するコンサートがある。このまれな機会は来年5月にやって来る。なんとかこのチケットを手に入れて東京へ出かけたいと思っている。発売日の電話が簡単にはつながらないだろう。でもこうした機会を捉まえないと、地方に住むものは生涯、演奏もプレイも目にできない。寂しいことである。
 桐生祥秀が9秒台で疾走した時に、コーチの出雲市出身の土江寛裕がボロボロ、スタンドで泣いた。こうした人たちの誠意と真剣があって若者たちは伸びる。そう思えば三浦文彰のヴァイオリンの音色も一段と深みを増してゆくのではないか。
 
 
2017年10月号(604号) 「泉」50年・600号を超えて
2017-11-02
2017年10月号(604号)
 
「泉」50年・600号を超えて
 

~「泉」とリカちゃんは同級生~
 

理事長 吉野恭治

 

 若葉学習会の学校報「泉」は2017年6月号で創刊以来600号となった。「先生、600号とはすごいですね」と今は通学生の祖母となられた方からお電話をいただいた。1年に12回の刊行だから、50年ということになる。いたずらに過去を愛でて、回想の想いに我が身を委ねるつもりはないが、書き続けた毎月の随想はおそらく500篇をこえるだろう。400字詰めの原稿用紙で3000枚を超える。それはやはり一つの感慨にはなるだろう。そろそろ「ペンを置く」時期も近づいていると最近自覚している。
 「泉」に書いた毎月の随想と、ほんの趣味程度の写真をまとめて写真・随想集「銀色の少年」という自費出版の本を「Ⅰ」「Ⅱ」として記念出版したが、今回「銀色の少年Ⅲ」をまとめさせていただいた。都合3回、そこに収録された随想は時の流れで50年にもわたるが、書いている随想の内容が、こと「教育」に関するものについては決して古いとは感じられない。当時問題点だとして努力すべき課題と思い書いたものについては、ほとんど現在も生き続けており、教育というテーマの解決や施策がいかに難しいものかを改めて感じる。
 「泉」第1号は1967年・昭和42年6月に発行されている。当時はまだ4ページで単色の、記事量の少ないものである。「泉」には長らく月例テストの成績優秀者が掲載された。掲載されると両親からの褒美として、その月のお小遣いが増額されるという家庭も多かった。第1号をめくると、そこに何十名かの生徒の名前が掲載されている。現在は65歳位になろうかという当時の生徒である。白根信隆君、小谷敏雄君、井上賢明君などは現在も年賀状のやり取りが続いている。当時中学2年だった高木秀雄君のお母さんからは、先日高島屋の地下で出会い声をかけていただいた。第1号に名前が掲載されている生徒たちは、一般的にはすでに定年退職をしており、その後の生き方はさまざまである。
 ただ私が自信をもって言ってもいいことがある。第1号に掲載されている何十名かの生徒たちの顔をすべて思い出せることである。それらの顔はすべて15歳である。現在街で出会っても互いにわからないのではないかと思う。第1号に「教えるもののこころ」と題して随想を載せている。その内容は米子南高校の美術室から出火して、本館が全焼したことを書いている。学校関係者の話によると「火の出た美術室は昨年まで鍵をかけたままであったが、生徒の要望で開放した。そこが生徒のたまり場になり、煙草を吸ったりする生徒のあることを知らなかった」と述べている。50年も前のことだからお許しを願いたいが、喫煙は当時も今も続く問題であり、「知らなかった」はないのではないかと思われる。紙面での関係者の答弁として、当時の教育長の「貴重な県民の財産を失った」というお詫びの談話があったと書いている。会見の後起立して、あの薄い髪のてっぺんをながめるシーンは50年も変わりはしない。いじめで自殺した生徒を、「いじめはなかった」と処理して、その後両親の告発を受け、その結果を受けていまさらに「いじめの事実があった」などとお詫びする会見は、つい最近のことだが、50年前よりずっと悪質になっているとさえ思える。
 当時ワープロもましてパソコンもなかった。すべてが手書きで、しかも編集は字数の行替わりを計算しなければならなくて、今にして思えば徒労のような作業だった。
 それから25年の後、平成4年(1992年)5月号が300号となる。この号の表紙はカラーだった。この号を記念して「高校受験時代に若葉に通学していた生徒」11名からアンケートをもらっている。若葉通学の頃の思い出というような内容だ。月例のテストで学年1位となった生徒に対してのアンケートだったが、東京工大や鳥大医学部、慶応大、九州大、京大などに加え東大が2名という、さすが高校受験時代にそれなりの成績を実現していたものは、その後も努力に怠りないことがわかってうれしかった。そのうち2名は鳥取県庁にいる。県庁には教え子が多いが、この2名には次の鳥取出張の日に会いに行きたいと思っている。
 その頃の私の随想に「てっちゃん大好き」というのがある。久保田徹君は若葉の生徒でもあったし、次男の友達でもあった。彼が大阪の名門ホテルである「リーガロイヤル」に勤務しているときに、私は宿泊した折、彼に会った。彼は最上階のカクテルラウンジで働いていた。仕事中なのでゆっくりとは話せなかった。しかし中学生の頃とは変わらない笑顔だった。フロアのチーフの方が挨拶に来られた。「久保田君の先生だそうですね。よく働いてくれます」と言われて、フルーツの盛り合わせが届いた。その久保田君が交通事故で死んだ。ひき逃げだった。まだ22歳だった。山陰放送にお勤めのお父様は以前から存じ上げていたが、1年後に「徹」という写真集を刊行され、お届けいただいた。その最後に友人たちのメッセージが載せられていた。「徹がたった22年で人生の幕をおろした。悲しかった。泣いた。とにかく泣いた。今の俺には徹にしてやれることはないが、徹が生きたかったであろう長い人生と、徹がかなえることができなかった夢をしょって、俺は徹に恥ずかしくないような人生を生きる」というのには泣かされた。あれから25年、てっちゃんが生きていれば50歳に近づいている。22歳ではなにひとつ納得のできない人生だったと思う。人生が22歳で終われば、私などは充実も形さえもない人生になる。最近教え子の訃報をよく聞く。その日は足が重くなる。私より短い人生に想いを馳せる。
 「泉」はその後25年の歳月を経て600号を迎えた。600号を記念して「記念号」とすることを考えなかった。
 そんなものを記念するより、変わらない姿勢で随想を書けばそれでいいと思えるようになっていた。そして「泉」に載せられる生徒紹介や卒業生の動向が、いつか思い出に変われば教師はそれで元気をもらえる。600号、そこに50年。600という校報をめくり返すとき、浮かび続けるあの日の生徒たちに心から感謝をすることで600号の記念としたい。
 
 
2017年9月号(603号) 人工頭脳が社会を仕切る
2017-11-02

2017年9月号(603号)
 
人工頭脳が社会を仕切る。

 

  理事長 吉野恭治
 

  「アイ、ロボット」という映画があった。アメリカのシカゴが舞台である。日常生活に便利でロボットをそばから離せない2035年のシカゴ市民。ロボットを派遣する会社も大繁盛をしている。「ロボットは人間を絶対に襲わない」と信じられていたのに、ある日突然市民を襲い始める。ウイル・スミスの主演映画だ。集団となったロボットたちの不気味さ、表情のない顔の異様な緊迫感に驚いたものである。2004年のアメリカ映画だ。そうした近未来の社会の予想はある程度現実となりつつある。ある意味でついにここまでという想いにさせるAIとは人工知能のことである。artificial  intelligenceの略称で、人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現させようという試み、或いはそのための基礎技術を指す。AIは今や世界がもっとも注目する言葉だ。NHKで少しばかり前、「天使か悪魔か人工頭脳」というドキュメンタリー番組があったが、非常に面白かった。電王戦という対局が収録されていた。2戦の対局であった。第1戦は日光東照宮、第2戦は姫路城である。29歳の棋界のホープ佐藤天彦名人が、紋付の羽織に和服の正装で登場したが、相手は白いアームが機械的なロボットが努めた。この人工頭脳ロボットの名はポナンザ。そして2戦ともポナンザの勝利だった。羽織の佐藤名人とロボットのポナンザの対局の姿はなんとも異様だったが。佐藤名人の対局後の感想「叩きのめされた」というのがなんともすごかった。佐藤名人は「参りました」と一礼して敗北を認めたが、ポナンザの方は表情はない。勝っても喜ばず、ただの無機質な感じの物体がそこにいるだけである。奇妙に思えた。今までに感じたことのないような感慨を覚えた。三冠をとった羽生善治さんがその対局を見て、「人間の知性を超えている」と評したのが忘れられない。
 ポナンザは5万局の対局を読み込んで、機械学習を進めたという。ポナンザ同士の対局はすでに700万局の対局を済ませたという。人間がもし同じ対局の実習をしようと思えば毎日10局指し、およそ2000年かかる。ポナンザはそれを1年ほどで終えたという。羽生さんは言う「人間にはわからないような指し方だ。未知の戦法にたどり着いているように思える」。佐藤名人がポナンザの最初の一手に声を上げるほどの意外な指し方が、十手ばかりすすむとそのポナンザの狙いが見えてくるという。どうしてそんな指し方をするのかという過程は一切わからない。人工頭脳はそこに自分の出した結論を示すだけである。将棋ロボットのポナンザを開発したのは山本一成さん、若干31歳である。世界の名のあるほとんどのAIプログラマーは30代である。その山本さんが電王戦のポナンザの勝利の感想を問われて、「怖い気がする」と答えたのが衝撃的だった。開発者でさえ及びもつかない世界に行き着いたポナンザの思考の深さに人々は驚嘆するが、設計者は恐怖を覚える。そのことが私には印象深かった。いつの日か人類がAIから攻められる日が来るかもしれないという現実感である。
 佐藤名人はロボットの指す将棋の駒の動かし方に驚嘆して、「私たちは将棋という宇宙にはいるが、ひとつの銀河系にしか住んでいない。他にも多くの惑星があることを教えられた」と語っている。
 NHKのこの番組ではAIIの実用化に動く世界の実例をいくつか紹介している。ご覧になっていない方のためにその内容をお伝えしたい。
 AIを利用したタクシー会社が名古屋にある。このシステムはドコモが開発した。ドコモは多くの携帯電話の顧客を持っている。それらの人の行動分布を集計して、いま名古屋のどの地域にどれくらいの人がいるかをデータとする。これに運転手900人分の名古屋での乗降分布をデータとして入力する。人工頭脳は自分で学習する。そして各車両に現在の地域別の利用客の期待値を数字で伝える。瞬間ごとの情報である。その指示で期待の高い地域を流すと、たしかに利用客に遭遇できるチャンスが高く、平均10%以上の乗車率(実車率)UPになっているという。「リアルタイムの自動移動予測」とよばれ、実用化されている。
 カルフォルニア州のサンディゴの群刑務所では、犯罪者の多さに収容すべき刑務所の余裕がなく困っている。そこで罪を犯した被告たちのデータを人工頭脳に打ち込む。すると人工頭脳が瞬時にその被告の再犯率の予測を知らせる。たとえば「この人は覚せい剤関係の不法接種が今後予測される」とか「きちんとした性格で再犯率は低い」とかの内容を伝える。それに基づいて刑期も判断される。この人工頭脳には何千例かの裁判凡例の具体的なデータが打ち込まれ、人工頭脳に学習させる。さらに日々に逮捕者のある限りデータは増え続けて、人工頭脳はますます判断の成果を高くしていく。現在人工頭脳の回答は3秒しかかからない。世界各国の刑法、憲法、政治的な実情もすべて読み込ませてある。すでに人間もコンピュータに管理される時代になっている。
 野村證券も人工頭脳の積極的な利用を進めている。東証株式500銘柄の1年間の株価の変動が全て呼び込まれている。これに世界中のニュースや経済動向、政治的情報も読み込まれている。1000分の1秒の時間で株価の動向を判断する。5分後の的確な株価を予測して伝える。
 昔となったが、株取引はトレーダーと呼ばれる人たちの独壇場であった。トレーダーとは投資家とディーラーの間に立ち、絶えず株価の動向を予測して、株取引を誘導する花形的存在だった。今はその予測も売買も瞬時に人工知能がやってのける。トレーダーは画面で取引を見ているだけになっている。取引処理や情報はもはやモニター画面で目では追えない速さになっている。
 最近中国で話題となった人工知能の話がある。テンセントというIT大手の提供する対話プログラムに、利用者が「共産党万歳」と打ち込んだところ、AIが「こんなに腐敗して無能な政治に万歳なんかできるか」と答えたという。またこのようなやり取りも起こった。「あなたにとって習近平国家主席が掲げる『中国の夢』とはなに?」という問いかけに、テンセント社の人口頭脳はこう答えた。「アメリカに移住すること」。こんなやり取りがあの国で許されるわけはない。共産党の批判を展開したこのチャットは直ちにサービスを停止された。テンセント社もこのような対話が現れるとは思わなかったろう。場合によれば逮捕ものだ。人工頭脳が学習した結果である。学習するとこうした結論に至るのかとある種の笑いもこみ上げる。人工頭脳は何物にも遠慮はしない。そしてその結論に至った過程もいっさい語らない。すでに世界はAIに席巻されようとしているのではないか。
 シンガポールでは運転者のデータを入れると、人工頭脳が危険な運転者を判断して伝えるという。危険運転者として呼び出された運転手は、運転技術や法令の講習を受けることになる。赤道の国の人々の生活にもAIはしっかり根付いている。彼らがいつか牙をむく日が来れば、それはそのまま映画になってしまう。エラい時代が来ている。

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